"響(ひびき)の物語は、一台の小さなポータブルオーディオから始まった。通勤電車の中、イヤホンから流れる音楽は、退屈な日常を少しだけ特別なものに変えてくれた。「これで十分。いや、これが最高だ」響はそう思っていた。"
"ある日、響はオーディオ専門店の前を通りかかった。ガラスの向こうに並ぶ、銀色に輝く機械たち。「もっと良い音があるのかもしれない…」心の中に、小さな好奇心の種が蒔かれた瞬間だった。"
"好奇心はすぐに探求心へと変わった。響はオーディオ雑誌を読み漁り、インターネットのレビューを隅々までチェックした。「解像度」「音場」「定位」…知らない言葉が、彼を未知の世界へと誘う呪文のように思えた。"
"そして、響はついに一歩を踏み出した。貯金をはたいて手に入れたのは、ずっしりと重いヘッドホンとポータブルアンプ。初めて音を出した瞬間、響は息をのんだ。「これが…本当の音楽か!」"
"響の探求は止まらない。より高価なプレーヤー、特注のケーブル、希少な真空管アンプ。「もっと上へ、もっと完璧な音へ!」それは、終わりのない頂を目指す登山家のようだった。"
"ついに、響は「頂」と呼ばれるハイエンドモデルを手に入れた。静寂の中、音を出す。流れ出した音は、完璧すぎた。あまりにもクリアで、あまりにも正確。しかし、なぜだろう。最初に感じたあの胸の高鳴りが、そこにはなかった。"
"「何かが違う…」完璧な音は、響を感動させるのではなく、分析させていた。音楽を楽しむことを忘れ、音を評価するだけの批評家になっていた自分に、響は気づいた。"
"ある週末、響は気分転換に散歩に出た。公園のベンチに座っていると、高校生がスマートフォンで音楽を聴きながら、楽しそうにリズムをとっているのが見えた。その姿を見て、響はハッとした。"
"響は、部屋のハイエンドオーディオをすべて手放した。そして、新たに手に入れたのは、かつて憧れた「ちょっと良い」ミドルクラスのプレーヤーとヘッドホンだった。それは完璧ではないかもしれない。でも、音楽を純粋に楽しむには、それで十分すぎた。"
"再び、通勤電車の中。響は新しい相棒で音楽を聴いている。完璧ではない、少しだけ温かみのある音。その音が、響の心を優しく満たしていく。「そう、これでいい。いや、これが最高だ」物語は、振り出しに戻ったようで、でも確かに違う場所にたどり着いていた。"
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